沿革
現在、本校は知的障害者に対し、幼稚部、小学部、中学部、高等部、支援部を設け、教育計画に基づいて、知的障害障害児一人ひとりに応じた教育を行っている。併せて筑波大学の附属機関として、知的障害児の理論及び実際の関する研究を行い、教育実習の実施に協力する役割をもっている。
| 明治41年 (1908) |
東京高等師範学校附属小学学校の第三部に補助学級の名を冠した教育機関として初めて設けられた。 当時の第三部は、単級学級(1年から6年まで)、二学級(1、2、3年と4、5、6年)、複式学級など 特殊な学級編成によったもので、研究を目的とした。 補助学級は、知的障害児の特別な教育という意味と、単級編成という意味で、第三部に属していた。 |
| 明治45年 | 二学級編成となる。 |
| 大正9年 | 附属小学校全体の機構が再編され、五部組織となり、従来の補助学級は第五学部となる。 |
| 昭和19年 | 太平洋戦争の激化にともない、一時休校となる。 |
| 昭和27年 9月5日 |
社会事情もだいたい安定し、昭和26年、大学に特殊教育学科が設けられたことから、 その研究及び実習の機関が必要となり、再編される。 |
| 昭和31年 4月1日 |
東京教育大学附属中学校特殊学級が新設される。(一学級) |
| 昭和34年 12月 |
大学内に養護学校運営委員会が設けられ、基本方針を打ち出し、附属小学校第五部、 附属中学校特殊学級をそれぞれ従来通り附属小、中学校との密接な関連を維持しながら、 それぞれの特殊学級部とし、統一的な運営をすることとなる。 |
| 昭和34年 4月1日 |
附属中学校特殊学級の増設(一学級)が認められる。 |
| 昭和35年 月1日 |
従来の附属小学校第五部(二学級)及び附属中学校特殊学級(二学級)を母体として、 養護学校が認可され、同時に小学部及び中学部で各一学級増が認められる。 |
| 昭和35年 7月1日 |
養護学校開校式及び式典を行う。 |
| 昭和37年 4月1日 |
高等部が新設される(二学級)。 |
| 昭和38年 4月1日 |
幼稚部(5歳児一学級)が新設され、翌39年4月二年保育課程(4歳児一学級)が認められる。 |
| 昭和39年 8月 |
新校舎が現在地に一部完成し移転する。 |
| 昭和41年 4月1日 |
高等部一学級が増設され、幼2、小3、中3、高3の一貫した学級編成となる。 |
| 昭和41年 5月25日 |
第2期工事として講堂兼体育館及び作業室などが建築完成、新校舎落成記念式典及び祝賀会を行う。 |
| 昭和45年 4月1日 |
特別学級一学級新設される。 |
| 昭和46年 4月1日 |
特別学級一学級増設される。 |
| 昭和53年 4月1日 |
東京教育大学閉学にともない、筑波大学に移管される。 |
| 昭和59年 | 3号館が増築される(幼稚部教室、遊戯室、小学部高学年教室、音楽室など)。 |
| 昭和60年 3月9日 |
1号館、2号館の改修工事が完了し、3号館増築と併せて、落成記念式典および祝賀会を行う。 |
| 平成2年 11月25日 |
学校創立30周年記念祭及び同窓会を行う。 |
| 平成2年 11月27日 |
創立30周年記念式典・祝賀会を行う。 |
| 平成3年 11月8・9日 |
日本教育大学協会特殊教育部門合同研究集会東京大会を開催す。 |
| 平成4年 4月23日 |
国賓チェコスロバキア大統領夫妻来校。 |
| 平成10年 1月12日 |
国賓ブレア英国首相夫妻来校。 |
| 平成11年 5月11日 |
国賓コロンビア大統領夫人来校。 |
| 平成12年 11月23日 |
学校創立40周年記念誌発行。 |
| 平成17年 11月1日 |
国賓パラグアイ大統領夫人来校。 |
| 平成19年 4月1日 |
学校教育法改正により筑波大学附属大塚特別支援学校と改称。 |